八ヶ岳に暮らし始めてから、私が一番驚いたこと。それは「標高を少し変えるだけで、出会える鳥がガラッと変わる」という面白さです。
八ヶ岳は、裾野に広がる標高1,000m前後の明るい高原エリアから、苔むした森が広がる2,000m級の亜高山帯、そして森林限界を超える岩場の山頂エリアまで、垂直方向に環境が層のように重なっています。

この「垂直分布」こそが八ヶ岳の最大の魅力なんですよね。
例えば、午前中に山麓の森でキビタキの美しいさえずりを聞いて、午後にロープウェイで山頂へ上がれば、そこには高山特有のホシガラスがいる。
車でほんの30分移動するだけで、まるで違う国に来たかのような野鳥のバリエーションを楽しめるのは、日本中探してもそうそうない贅沢な環境かなと思います。

八ヶ岳の標高別・野鳥生息エリアマップ

私自身、カメラを片手に森へ入ると、時間を忘れてしまいます。
四季折々の風景の中で、懸命に生きる鳥たちの姿を見つけた時のあの感動は、何度味わっても色褪せることはありません。

冬の撮影で憧れのオオマシコ

八ヶ岳の冬、多くのバードウォッチャーやカメラマンが寒さに震えながら探し求める「赤い宝石」。それがオオマシコです。
彼らはシベリア方面から渡ってくる冬鳥で、日本国内でも見られる場所は限られています。その中でも八ヶ岳は、比較的遭遇率が高いエリアとして知られているんです。

初めてその姿を見た時の衝撃は、今でも鮮明に覚えています。
モノトーンの雪景色の中に、パッと絵の具を落としたような鮮烈なローズピンク。成鳥のオスは特に赤みが強く、まるで雪の中に咲いた花のようでした。
「こんなに美しい生き物が、この厳しい寒さの中で生きているんだ」と、シャッターを切るのも忘れて見入ってしまったほどです。

冬鳥オオマシコの特徴、出現時期(12月〜2月)、ハギの実を好む習性や、雪の照り返しを利用した撮影テクニックの解説

彼らが姿を見せ始めるのは、だいたい11月頃から。
主な目当ては、山麓や林縁にある「萩(ハギ)」の実です。地面に降りて、夢中でハギの種子を食べている姿をよく見かけます。
食事中の彼らは比較的警戒心が薄いのか、じっとしていると驚くほど近くで観察できることもあります。

オオマシコ撮影のコツと心構え

  • 時期を外さない: 12月から2月の厳冬期がベストシーズンです。3月になると少しずつ北へ帰る準備を始めます。
  • ハギの群生地を探す: 彼らは餌場に依存します。枯れたハギが残っている場所は要チェックです。
  • 雪レフを活用する: 雪の照り返し(レフ板効果)がある晴れた日は、お腹の赤色がより鮮やかに撮れます。露出は少しプラス補正にするのがおすすめです。
  • 忍耐力が9割: 「ここにいるはず」と信じて待つ時間が長いです。防寒対策は完璧にしておきましょう。

夏の森で探すルリビタキ

「幸せの青い鳥」として童話などでもおなじみのルリビタキ。
関東などの平地では「冬鳥」として公園で見かけることが多いですが、ここ八ヶ岳では彼らの「本来の姿」である繁殖期の行動を観察できます。

5月から8月にかけて、標高1,500m以上の亜高山帯、特に北八ヶ岳の麦草峠や白駒の池周辺の針葉樹林へ足を踏み入れると、「ヒッ、ヒッ」という特徴的な地鳴きや、美しいさえずりが聞こえてきます。
冬に見るルリビタキも可愛いですが、夏の繁殖羽(はんしょくう)をまとったオスは、背中の青色がより深く、脇のオレンジ色とのコントラストが本当に鮮やかです。

ルリビタキの繁殖期(5月〜8月)の特徴と、標高1,500m以上の針葉樹林で「ヒッ、ヒッ」という地鳴きを頼りに探すポイント。

ただ、夏の森での観察は少し難易度が上がります。
鬱蒼とした針葉樹林の中は薄暗く、彼らは高い木の梢(こずえ)でさえずることが多いからです。
「あ!青い鳥が動いた!」と思って双眼鏡を覗いたら、同じような環境に住んでいるキクイタダキやメボソムシクイだった…というのは、八ヶ岳バードウォッチングあるあるですね。

聞きなし(鳴き声)を覚えよう
姿が見えない時は、声が頼りです。
ルリビタキのさえずりは「ヒョロヒョロ、キョロキョロ」と複雑で美しい声ですが、地鳴きの「ヒッ、ヒッ(またはカッ、カッ)」という短く硬い音の方が、森の中では聞き取りやすいかもしれません。

北八ヶ岳に生息するホシガラス

さらに標高を上げて、標高2,000mを超えるエリアに行くと、そこは「ホシガラス」の領域です。
名前の通り、チョコレート色の体に白い星を散りばめたような斑点があるカラスの仲間。声は「ガーガー、ガァガァ」と少ししわがれた声で鳴くので、すぐに分かります。

彼らは高山の生態系において、とても重要な役割を担っているんです。
ホシガラスの大好物は、ハイマツの実(松ぼっくりの中にある種子)。彼らは冬に備えてこの種子を地面のあちこちに隠す(貯食する)習性があるのですが、食べ残された種子が発芽することで、ハイマツの分布が広がっていくんですね。
まさに「森を作る鳥」とも言える存在です。

チョコレート色に白い斑点があるホシガラスの特徴と、ハイマツの実を貯食して森を広げる役割、北八ヶ岳ロープウェイ周辺での観察ポイント

観察におすすめなのは、北八ヶ岳ロープウェイで一気に上がれる「坪庭(つぼにわ)」周辺です。
ここは溶岩台地にハイマツが広がっており、ホシガラスの絶好の食堂になっています。
特に8月〜9月の実りの時期は、夢中で松ぼっくりをほじくっている姿を頻繁に見かけます。この時期は食事に集中しているので、比較的近くで観察できる絶好のチャンスですよ。

季節ごとの見どころと野鳥の種類

八ヶ岳の野鳥観察は、季節によって全く違う表情を見せてくれます。
「今の時期は何が見られるの?」と迷う方のために、私の経験も踏まえたフェノロジー(季節ごとの動向)をまとめてみました。

春の求愛、夏の避暑、秋の渡り、冬の雪原といった季節ごとの野鳥観察ハイライトと、八ヶ岳高原ロッジや清里湖などの主要スポット一覧

季節 主な見どころ・野鳥 卓郎のおすすめポイントと楽しみ方

(4月〜6月)
キビタキ、オオルリ、コマドリ、カッコウ 「恋の季節」のさえずりを楽しむ
早朝5時〜8時頃の森は、求愛のさえずりで溢れる天然のコンサートホールです。特にキビタキの美しい声は必聴。新緑の緑と鳥の色のコントラストも最高です。

(7月〜8月)
幼鳥全般、ホシガラス、イワヒバリ 「避暑と高山植物」
下界は暑いので、涼しい北八ヶ岳や高山帯へ。巣立ったばかりの幼鳥(あどけない表情で飛び方がぎこちない)が見られるのもこの時期ならではの癒やしです。

(9月〜11月)
エゾビタキ、ジョウビタキ、ノスリ 「渡りの観察と紅葉」
冬鳥の先発隊が到着し、夏鳥が南へ去る交差点の時期。木々の葉が落ち始めると、鳥を見つけやすくなります。紅葉バックの写真はまさに「日本の秋」という趣があります。

(12月〜3月)
オオマシコ、ウソ、アトリ、混群 「雪原のドラマ」
葉が完全に落ちて視界は良好。カラ類(シジュウカラなど)の混群を探せば、その中に珍しい鳥が混じっていることも。雪景色の中の赤い鳥は、写真家にとって最高の被写体です。

初心者も安心のガイドツアー

ここまで読んで「楽しそうだけど、自分たちだけで見つけられるかな…」と不安になった方もいるかもしれません。
そんな方には、迷わず現地のガイドツアーを利用することをおすすめします。

特に、清里にある「山梨県立八ヶ岳自然ふれあいセンター」は、野鳥観察の拠点として素晴らしい施設です。
ここでは週末や祝日を中心に、常駐のレンジャー(自然解説員)さんが案内してくれるガイドウォークや、初心者向けの観察会が開催されています。

プロのガイドさんと歩くメリットは計り知れません。
「あそこで鳴いているのは〇〇ですよ」と教えてくれるだけでなく、高性能なフィールドスコープ(望遠鏡)で見せてくれるので、肉眼では点にしか見えなかった鳥の、羽毛の一本一本までくっきり見ることができます。
私も移住したての頃は、センターに通って「今の時期はどこに行けばいいか」をよく教えてもらっていました。
まずはビジターセンターに立ち寄って、最新の目撃情報を仕入れてからフィールドに出るのが、確実に鳥に出会うための近道ですね。

八ヶ岳で野鳥を満喫する準備と情報

ここからは、実際に八ヶ岳へ撮影や観察に行く前に知っておきたい、実践的な情報をお伝えします。
「どこに行くか」も大事ですが、「どんな準備をしていくか」が、その日の満足度(そして安全性)を大きく左右します。

おすすめの観察スポットを紹介

八ヶ岳には無数の探鳥スポットがありますが、私が実際に何度も足を運んでみて「ここはハズレが少ないな」「環境が良いな」と感じた場所を厳選してご紹介します。

八ヶ岳高原海の口自然郷(八ヶ岳高原ロッジ)

八ヶ岳の東側、野辺山エリアにある別荘地です。「八ヶ岳高原ロッジ」を中心としたこのエリアは、私有地でありながら「自然郷」という名前の通り、野鳥のための環境保全が徹底されています。

おすすめは「音楽堂」から「ヒュッテ」を回る遊歩道。
ここは道が整備されていてスニーカーでも歩きやすく、視界が開けている場所が多いので、初心者でも鳥を見つけやすいんです。
また、「美鈴池」周辺では、水を飲みに来る鳥や、水辺の昆虫を狙う鳥たちを待ち伏せすることもできます。

清里湖(大門ダム)

水鳥(カモ類など)を観察したいなら、ここが一番です。
過去の調査データによると、11月には300羽を超えるオシドリの大群が記録されたこともある、県内有数の飛来地なんです。

ただし、ここで一つ注意点があります。
世界一美しいカモとも言われるオシドリですが、彼らは極めて警戒心が強いです。
人の姿が見えた瞬間に、数百メートル先からでも一斉に飛び立ってしまいます。
観察する際は、車の中からそっと双眼鏡で覗くか、ブラインド(迷彩柄のテントや隠れ蓑)を使って、こちらの気配を消す工夫が必要です。
運が良ければ、水面を埋め尽くすようなマガモやオシドリの群れに出会えるかもしれません。

冬の観察に必要な服装と装備

冬の八ヶ岳での野鳥観察は、はっきり言います。「寒さとの戦い」です。
登山やスキーと違い、野鳥撮影は「じっと待つ」時間が長いため、体温がどんどん奪われていきます。

服装は「登山用」をベースにするのが正解です。
一番外側には冷たい風をシャットアウトする「ハードシェル」や厚手のダウンジャケット。その中にはフリースやインナーダウンを着込み、空気の層を作ります。
そして、最も重要なのが足元の防寒です。
地面からの冷気(底冷え)は強烈で、普通のスニーカーでは10分もすれば足の感覚がなくなります。
私は、マイナス20度対応のスノーブーツの中に、さらにウールの厚手靴下を履いて挑んでいます。それでも寒いくらいです。

冬の野鳥観察におけるレイヤリング(重ね着)、底冷え対策のスノーブーツ、予備バッテリーの保温など、寒さ対策の重要ポイントを図解

冬の八ヶ岳の装備については、雪山登山の記事ですが、以下の内容がレイヤリング(重ね着)の参考になります。命に関わることですので、必ず目を通しておいてください。

八ヶ岳の2月の雪山登山!天気や装備、難易度を解説

カメラのバッテリー対策も忘れずに
気温が氷点下になると、バッテリーの性能が劇的に低下します。「満充電してきたのに、数枚撮ったら電池切れになった」なんて悲劇も珍しくありません。
予備のバッテリーを必ず2〜3個持参し、使う直前までホッカイロと一緒に内ポケットに入れて、体温で温めておくのが鉄則です。

野鳥撮影に特化した宿泊施設

せっかく八ヶ岳に来るなら、泊まる場所でも鳥を楽しみたいですよね。
「部屋からコーヒーを飲みながらバードウォッチング」なんて、最高の贅沢だと思いませんか?

八ヶ岳には、オーナー自身が野鳥好きで、バードウォッチャーを歓迎してくれる宿がいくつかあります。
例えば、茅野市の森の中にある「ペンション Adagio(アダージョ)」さん。
ここは「大人のためのリトリート」をテーマにしていて、広い庭には多くの野鳥が遊びに来ます。デッキから静かに鳥を眺める時間は、何物にも代えがたい癒やしです。
また、先ほど紹介した「八ヶ岳高原ロッジ」も、レストランや客室の窓からアカゲラやシジュウカラが飛び交う姿が見られることで有名です。

こうした宿に泊まると、オーナーさんから「今日の朝、あそこで〇〇が出ていましたよ」なんていう、とっておきのローカル情報を教えてもらえることもあります。
宿選びも、野鳥観察の成果を上げる重要なポイントですね。

撮影時のマナーと注意点

最後に、これから八ヶ岳で野鳥観察を楽しむ皆さんに、どうしてもお伝えしたいことがあります。
それは、「鳥と地域住民への配慮」についてです。

近年、残念なことに一部のカメラマンによるマナー違反が問題視されています。
「珍しい鳥が出た」という情報がSNSで拡散されると、翌日には大勢の人が殺到し、私有地の畑に無断で入ったり、車の通行を妨げたりするケースが後を絶ちません。
また、良い写真を撮りたいがために、餌付け(人為的な給餌)を行ったり、営巣中の巣に近づきすぎて親鳥を放棄させてしまったりすることも、絶対にあってはならないことです。

私たちはあくまで、彼らの生活の場にお邪魔させてもらっている「部外者」です。
環境省も、国立公園内や自然環境でのマナーについて明確な指針を出しています。素晴らしい自然を次の世代に残すためにも、ぜひ一度確認してみてください。

(出典:環境省『国立公園の利用上のマナー』)

餌付け禁止、私有地への立ち入り禁止、営巣放棄を防ぐための配慮、場所を特定させないSNS投稿マナーなど、野鳥観察の基本ルール

SNS投稿の際のお願い
希少な野鳥(オオマシコやフクロウ類など)の写真をSNSにアップする際は、具体的な撮影場所や日時を特定できる情報を載せないようにしましょう。
「八ヶ岳山麓にて」「某林道にて」といった、ふんわりとした表現に留めるのが、フィールドと鳥たちを守るための賢いマナーです。

八ヶ岳の野鳥観察まとめ

八ヶ岳は、初心者からベテランまで、誰もが童心に帰って自然の驚異に触れられる場所です。
オオマシコの鮮やかな赤、ルリビタキの深い青、そしてホシガラスが舞う高山の空。

しっかりとした防寒装備と、少しのマナー、そして「会えたらラッキー」くらいのゆったりとした心構えがあれば、きっと一生の思い出に残るような美しい瞬間に出会えるはずです。
ぜひ次の休日は、双眼鏡を片手に八ヶ岳の森を歩いてみてください。
私もどこかの森の木陰で、息を潜めて上を向いているかもしれません。それでは、良いバードウォッチングを!

“`